龍神の山奥で大量の曼荼羅が見られる美術館!伝承の経緯と意外な縁について学ぶ
龍神村の山奥に「曼荼羅(まんだら)美術館」という異彩を放つ美術館があるのをご存知でしょうか。
Googleマップで道の駅付近をリサーチしていて見つけた場所ですが、情報があまりない未知の場所なので実際に行ってみました。
宗教のことが分からなくても曼荼羅の美しさを美術品として楽しむことができるスポットです。
※館内は撮影禁止です。特別に許可をいただいて撮影しました。
曼荼羅美術館へのアクセスと駐車場
曼荼羅美術館は道の駅 龍神から車で約1分のところにあります。ホテル「季楽里(きらり)」の目の前にあるので、季楽里の看板に沿って向かいます。
曼荼羅美術館のすぐ前、公衆トイレの横に駐車場があります。10台ほど駐車可能です。
曼荼羅とは?&伝承の経緯
そもそも曼荼羅とは、
「大乗仏教の中でも、とくに密教は、インドでも、チベット高原でも、日本でも、数多くの芸術作品を生み出した。その代表的なものの一つが、曼荼羅である。
曼荼羅はサンスクリット語のマンダラ(mandala)を漢字に音写したもので、(中略)壇、集合体、丸いもの本質を捉えたもの等々の意味がある」
とのことです。
和歌山で曼荼羅といえば熊楠曼荼羅が有名ですが、それとは関係なく本物の仏教の美術品のようです。
宗教的な意味合いを理解するには至りませんでしたが、ただ美術品として眺めるだけでも美しかったです。
ではなぜこんな龍神の山奥に曼荼羅美術館があるのでしょうか。
館内の新聞によると、相本洋子さんという方が1985年ごろにインドを訪れた際にインド人の知人から預かったものだそうです。
1970年ごろ、チベットの高僧たちが戦火に追われ、曼荼羅を巻物のようにして背負ってインドへ逃げ出してきました。
「曼荼羅の仏たちを安住の地に連れて行って欲しい」と言って相本さんの友人に渡し、それを相本さんが譲り受け、その後収集したものも含め300点以上が集まりました。
鹿児島や千葉で展覧会を開き、その後は仏教の総本山である高野山の麓・龍神に縁を感じ美術館として展示し、今は田辺市の所蔵となっています。
曼荼羅美術館の展示品
こちらは美術館の入り口です。反射していて見えにくいですが、神様の集合体や宇宙を表しているのでしょうか。象徴的な絵です。
壁や天井付近にも曼荼羅が展示されています。布のものは特に精巧で美しかったです。
こちらはマニ車と呼ばれるものです。チベット仏教独自の仏具で、「六字真音『オン・マ・ニ・ペー・メ・フーン』が無数に書かれた巻紙が入っており、一度回す度にそれをすべて読んだことになるとされている。ご自由に回してください。ただし右回りにどうぞ」という説明書きがありました。
とりあえず右回りに回してみたところ、ゴロゴロと音が鳴りました。よく分からないまま回しましたがご利益があればいいなと思います。
奥の和室でも仏教に関する展示をしていました。写経もできますよ。
以上、龍神の中でも異彩を放っている曼荼羅美術館でした。仏教の総本山・高野山の麓である龍神に安住先を見つけたと知って納得しました。
戦火に焼かれることなく美しい状態でこんな遥か遠い場所で保管されることになるとはチベットの高僧たちも思わなかったでしょう。思わぬご縁を感じる不思議な場所でした。